THz-Raman(低波数ラマン)分光ユニット及びその応用 | 株式会社ティー・イー・エム

TECHNICAL INFORMATION

技術情報

2021.02.22

半導体光源

COHERENT(旧ONDAX)社製THz-Raman(低波数ラマン)分光ユニット及びその応用

はじめに

 レーザーラマン分光法は、筆者の知る限り1980年代初頭にはラマン分光高度計なる物がリリースされ、顕微鏡と併用する事で局所的な部分の分光を可能にし、広く分光に携わる研究者に知られた。基本的な事を述べれば、ラマンの原理は、光を物質に励起すると、一部の光が散乱される。
 この散乱光を調べると、殆どの成分は励起と同じ波長(レイリー散乱光)であるが、励起光と比べると10-6程の微弱な成分として励起光と異なった波長の光が観測され、この励起光と異なる波長を有する光の振動数が分子固有の振動になっている事がラマン効果であり、分光測定にて調べる事がラマン分光である。
 この分光法は長い年月をかけ、既に確立された分光法ではあるが、先に述べたように信号成分が励起光に対し10-6程に減衰する事が要因で他の分光法と比較すると非常に測定が困難であった。しかしながらこの事はデジタルカメラ及びビデオカメラに使用される二次元検出器(CCD等)の進歩と、迷光の低減と高回折効率を両立した透過型回折格子の登場及びレイリー散乱光(迷光)除去フィルター等の光学部品の著しい発展により、検出感度が向上した。従って、検出限界値 (LoD : Limit of Detection) が従来比の4倍程度改善された事から、ラマン分光法も広い分野で研究者が着目し、かつ実用的な分析法の一つとして今日では認知されている。次にラマン分光法で調べられる事は、(1)波長情報からの化学結合種類、(2)スペクトル半値幅情報からの結晶性、(3)スペクトル・ピーク位置情報からの応力及び(4)スペクトル・ピーク強度から相対的な濃度等である。
 しかしながら、より精度の高い測定を要求する医薬品などでは化合物の構造的変化の測定が求められ、化学的指紋領域(200cm-1~1800cm-1)における極微小なスペクトルの変化を測定する事で、構造的変化の検出を行う事が多分に困難であり、課題でもあった。
 そこで、構造やそのダイナミクスを調べる事が可能と思われる分子間振動等が得られる構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)に注目した励起波長近傍のラマン分光法が考案され、低波数ラマン分光法(テラヘルツ・ラマン)と呼ばれている。(米)COHERENT(旧ONDAX)社ではこれに対応した製品を既に開発・販売しており、同社製THz-Ramanユニットは既存のラマン分光光度計及び顕微ラマンシステムに接続する事で、既存の化学的指紋領域(200cm-1~1800cm-1)から構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)まで測定波数域を拡張し、かつ低波数域でのアンチ・ストークスまで測定を可能にしている。
図1に装置外観を示す。


図1装置外観

THz-Ramanユニット

構成

 特許取得済みのCOHERENT社製THz-Ramanプラットフォームは、自社製超狭帯域体積ホログラフィック・グレーティング(VHG : Volume Holographic Grating)をノッチフィルターとして使用しており、このフィルターは、ラマン散乱光の特徴を損なう事無く、レイリー励起光だけを正確に除去する重要な役割を担っている。従来の薄膜エッジフィルターではレイリー励起光とアンチ・ストークス光の両方除去してしまい、概ね約200cm-1以下の信号を全てカットしてしまう。高性能なエッジフィルタシステムでも概ね50cm-1以下の信号を除去してしまうので、良策とは言い難い。他の方法としては、先に述べたノッチフィルターの使用か、分光器を多段で使用する事だが、後者は装置の伸長化と費用の高騰化が問題である。そこで非常に高いスループットを備えた狭帯域ノッチフィルターが最適であり、COHERENT社では自社製超狭帯域体積ホログラフィック・グレーティング(VHG)を本製品に組込んでいる。図2にTHz-Ramanユニット光学配置図を示す。

図2THz-Ramanユニット光学配置図

 COHERENT社製VHG filterは回折格子である。その振舞いは特定の波長のみ回折し他の波長は透過する。その原理は、母材中に屈折率変調(回折格子)を形成させ、周期的な屈折率変調に合致した波長 (λB=2neffΛ)のみ回折させている。また、VHGの特長は通常の回折格子とは異なり、特定波長が回折格子から回折された際に発生する高次回折光(2nd,3rd,4th・・・)が発生しない事である。この事により非常に良好な回折効率が得られており、構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)でのラマンスペクトルの測定を可能にしている。
 次に5cm-1~200cm-1領域でラマンスペクトルを短時間で得るには、狭帯域安定化光源が必要不可欠である。COHERENT社製VHGフィルターは選択したレーザーの発振波長のみ正確に回折し、他の波長成分は最小限の損失で全て透過する事を実現している。レイリー励起光の減衰値はシステムにてOD9以上が可能であり、~5cm-1を超える近接したラマン信号を高い透過率にて分光器に導いている。
図3はカルバマゼピン多形体フォーム2と3の化学的指紋領域(200cm-1~1800cm-1)から構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)までのラマンスペクトルを示す。ここでは、化学的指紋領域(200cm-1~1800cm-1)では明白な区別が困難であるが、構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)では4倍以上の信号強度が得られ、明白な区別が可能な事を示している。

図3カルバマゼピン多形体フォーム2と3のラマンスペクトル

THz-Raman の優位性

 COHERENT社製THz-Ramanユニットは、ラマンスペクトルの測定領域を拡張し、そのスペクトルから、格子やポリマーの構成、結晶情報、フォノンモード等の構造に関する事が調べられる。L-シスチン等に代表される様に非常に弱い散乱強度の測定においても、構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1 または 6THz~0.15THz)では、明確に10cm-1以下の周波数分解能でスペクトルの識別が可能である。

 図4に532nm励起L-シスチンの構造的指紋領域(5cm-1~200cm-1)から化学的指紋領域(200cm-1~1000cm-1)までのラマンスペクトルを示す。

図-4 532nm励起 L-シスチンの構造的指紋領域および化学的指紋領域を含む全ラマンスペクトル

 図5はL-シスチンのアンチ・ストークス域を含む構造的指紋領域(5cm-1~150cm-1)でのラマンスペクトルで、図6は同スペクトルのストークス域の一部における周波数を示したものである。

図5 L-シスチンのアンチ・ストークスを含む構造的指紋領域(5cm-1~150cm-1

図6 L-シスチンのストークス域の一部での周波数表示

THz-Raman応用用途

 COHERENT社ではここ数年応用用途の開発に注力している。これまで述べたTHz-Ramanの特長を活かし、応用が期待できる分野は、食品、薬品、爆発物、高分子材料及び半導体等が代表例と思われる。堅牢な設計のポータブルユニットを付加する事で、容易に感度及び測定精度の向上が大きく期待できる事は特記すべき特長である。

ラマンシステム製品紹介

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参考文献

COHERENT社(旧ONDAX社)技術資料
Laser Focus World Japan 2014.7「薬剤分析と品質制御効率とし依頼製向上」
ジェイムス・キャリア、ランディ・ヘイラー

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