技術情報
はじめに
産業用マシンビジョンでは長らくフレーム型カメラが用いられてきたが、高速現象への弱さや情報量の多さ、照明変動への耐性といった課題があった。これに対し、輝度変化のみをイベントとして捉えるイベントベースカメラが近年注目されている。本技術は高速・低遅延・低消費電力という特長を持ち、IDS社の産業用カメラや解析ソフトとともに、従来方式を補完する新たなビジョン手法として適用領域を広げつつある。
時間的枠組みに依存しない新たな撮像方式
CCDやCMOSセンサーを用い、一定周期で二次元画像を取得するフレーム型カメラは、人間の視覚に近い形で対象物を捉えることができる。この特性により、外観検査や寸法計測、位置決めといった分野において、長年にわたり多くの成果を上げてきた。
しかし近年、製造業を取り巻く環境は大きく変化している。生産性向上への要求が高まる中で、製造ラインは高速化し、工程はよりコンパクトなインライン構成へと移行している。さらに、装置や生産設備にはリアルタイム性の高い制御が求められる場面が増えている。
このような環境下では、「すべての情報をフレームとして一定周期で取得する」という従来の前提そのものが、システム全体の制約となるケースが増加している。高速搬送ラインや高速回転体、あるいは微小な振動を対象とする場合、フレームレートを向上させたとしても、モーションブラーを完全に解消することは難しい。露光時間を短くすれば感度が低下し、強力な照明が必要となるなど、設備面での制約が生じる。また、高フレームレート化に伴いデータ量や処理負荷が急増し、結果としてハードウェアコストや消費電力の増大、システム設計の複雑化といった課題が顕在化する。
加えて、実際の産業現場では常に理想的な照明条件が確保されているとは限らない。逆光や反射、照度ムラ、光源のちらつきなどが発生し、安定した画像取得を妨げることも少なくない。これらの問題は、アルゴリズムや演算性能の向上のみでは根本的に解決しきれない構造的な課題である。このような背景から、時間をフレームという枠組みで区切らず、輝度変化そのものを捉える新たな撮像方式として、イベントベースカメラが注目を集めている。
イベントベースカメラの撮影技術
イベントベースカメラでは、各画素が独立して輝度変化を常時監視しており、明るさが設定された閾値を超えて変化した瞬間にのみイベントが発生する。イベントには画素の座標情報、輝度が増加したか減少したかを示す極性情報、そしてマイクロ秒精度のタイムスタンプが付与される。この情報は非同期のデータストリームとして出力され、従来のフレーム画像とは全く異なる性質を持つデータとなる。
この方式ではフレームレートという概念が本質的に存在しない。時間分解能はセンサー性能に依存するが、マイクロ秒オーダーでの変化検出が可能であり、フレーム型カメラに換算すると1万fpsを超える変化追従能力に相当する。一方、静止している背景はデータを生成しないため、生成されるデータ量はシーン内の活動量に応じて自律的に変化する。この特性により、不要な情報処理を大幅に削減し、演算資源や通信帯域を効率的に利用できる(第1図)(第2図)。
第1図 変化するピクセルのみを検出
第2図 画像内の必要な動きのみを検出
また、露光という概念を持たないため、高速移動体であってもモーションブラーが原理的に発生しない。移動物体のエッジや軌跡、振動、周期的な変位を、ブレのない時系列情報として取得できる点は、検出や制御用途において大きな利点となる。
フレーム型ビジョンの限界と時間構造の違い
フレーム型カメラを用いて高速に発生する現象を捉えようとする場合、フレームレートを高めることが直感的な解決策となる。しかし実際には、単にカメラの撮像速度を向上させるだけでは十分ではなく、センサーからの出力帯域、画像信号処理回路、メモリへの転送、さらに後段の演算処理系に至るまで、システム全体を同時に高性能化する必要がある。その結果、装置構成は複雑化し、コストや消費電力は急激に増大する。
加えて、フレーム型カメラは画像を一旦生成し、それを処理・解析するというパイプライン構造を前提としているため、取得から判断までに一定の遅延が必ず発生する。この構造上、理論的にレイテンシをゼロにすることは不可能であり、超高速な制御や即時判断が求められる用途では制約となる。
これに対してイベントベース方式では、輝度変化が発生した瞬間に対応するイベントデータが即座に出力される。そのため、対象の変化を検出してから判断に至るまでの遅延を最小限に抑えることができる。この特性は、単に処理速度を向上させるという考え方ではなく、ビジョンシステムが持つ時間的な構造そのものを変えるアプローチであるといえる。結果として、高速制御や即時応答が強く求められる用途において、イベントベース方式は特に有効な手段となる(第3図)。
第3図 フレーム型カメラとイベントベースカメラの比較
IDS Imaging Development Systems社について
IDS Imaging Development Systems GmbH(以下、IDS社)は、1997年にドイツで創業された産業用カメラ専業メーカーである。創業以来20年以上にわたり、マシンビジョン分野に特化した製品開発を継続しており、その技術力と実績は世界的に高く評価されている。現在では、2Dカメラや3Dカメラに加え、AI処理に対応したモデル、さらにはイベントベースカメラといった先進的な製品まで、幅広いラインアップを展開している点が特長である。これらの製品はいずれも写真撮影用途ではなく、検査、計測、制御といった産業用途を主眼として設計されており、現場での実用性を重視した思想が一貫して反映されている。
また、IDS社はオーナー経営による独立企業であり、短期的な市場トレンドや投資回収を優先するのではなく、長期的な視点に立った製品戦略を採用している。このため、産業用途で特に重視される長期供給体制、安定した技術サポート、ならびに世代間の互換性を考慮した製品設計が可能となっている。こうした取り組みは、量産設備や長期間にわたり稼働するシステムに組み込まれるケースにおいて、ユーザーから高い評価を受けている。
さらに、製品の開発および製造はドイツ国内で一貫して行われており、「Made in Germany」に裏付けられた厳格な品質管理体制が維持されている。信頼性と継続性を重視する産業分野において、IDS社は堅実かつ持続可能なパートナーとして位置付けられる存在である。
イベントカメラ ― IDS社製 XCP-E / XLS-E
IDS社が提供するXCP-EシリーズおよびXLS-Eシリーズは、Prophesee社製のイベントベースセンサーを搭載した産業用カメラである。これらのカメラは、従来のように一定周期で画像全体を取得する方式ではなく、画素ごとに生じた輝度変化のみを非同期に検出するイベントベース方式を採用している。そのため、きわめて高速に発生する現象であっても、必要な情報を低遅延かつ高精度に捉えることが可能であり、高速搬送や急激な動作変化を伴う産業用途に適している。
また、USBやGigEといった汎用的なインタフェースに対応している点も大きな特長である。これにより、新たな専用システムを構築することなく、既存の画像処理装置や制御システムへ容易に組み込むことができ、導入時の負担を抑えることが可能である。
さらに、これらのシリーズは設備組み込みを前提とした設計が施されており、小型かつ堅牢な筐体構造を採用している。振動や衝撃が発生しやすい産業環境においても安定した運用が可能であり、コネクタ部にはねじ固定が可能な構造を採用することで、ケーブルの脱落や接触不良といったリスクを低減している。こうした仕様により、研究開発用途にとどまらず、量産ラインや実運用の現場において長期的に使用することを見据えた設計となっている(第4図)。
第4図 IDS社イベントベースカメラ
解析ソフト ― metaVision StudioとOpenEB
metaVision Studioは、イベントベースカメラから出力されるイベントデータの可視化および解析を行うための統合ソフトウェアである。イベントは画素単位の輝度変化として非同期に出力されるため、従来の画像データと比較して直感的な理解が難しい場合があるが、metaVision Studioを用いることで、イベントの時空間分布を視覚的に確認することができる。この機能により、導入初期段階での動作確認や性能評価、PoC(概念実証)を効率的に進めることが可能となる。
また、本ソフトウェアは各種表示モードや解析機能を備えており、イベントベースカメラ特有のデータ特性や挙動を理解するための重要なツールとして位置付けられている。アルゴリズム検討やパラメータ調整の段階においても、試行錯誤を迅速に行える点は大きな利点である。
さらに、イベントベースの開発環境として提供されているOpenEBはオープンソースとして公開されており、ユーザーは自社の技術資産や既存アルゴリズムを柔軟に組み合わせることができる。これにより、特定用途に最適化した処理系の構築や独自機能の追加が容易となる。
加えて、HALCONやMATLAB、ROSといった代表的な画像処理・ロボティクスプラットフォームとの連携についても、専用のスクリプトやラッパーが用意されている。そのため、イベントデータを既存の開発環境に取り込みやすく、アプリケーション構築を比較的短期間で進めることが可能である。
適性のある領域と活用シナリオ
イベントベースカメラは、画素ごとの輝度変化を非同期に検出する撮像方式を採用しており、時間変化をきわめて高い分解能で捉えることができる。この特性により、高速搬送ラインにおけるワークの通過検知や、モーター・シャフトなど回転体の状態監視、さらには人の目では判別が困難な微小振動や突発的な異常の検出といった用途において大きな効果を発揮する。また、変化が発生した瞬間にデータが出力されるため、外部装置や制御系と連携したトリガ生成用途にも適しており、「動きそのもの」が直接的に情報価値を持つシナリオにおいて有効な撮像手段である(第5図)。
一方で、すべての用途に対してイベントベースカメラが万能であるわけではない。対象物が静止している状態で、その色や模様、表面の質感といった外観情報を評価する用途においては、一定周期で画像全体を取得する従来のフレーム型カメラが依然として高い適性を有している。フレーム型カメラは、人間の視覚に近い形式で情報を提供できるため、良否判定や外観検査といった分野では運用・理解の面でも優位性を持つ。
このように、イベントベースカメラとフレーム型カメラは、それぞれ得意とする領域が明確に異なる。したがって、どちらか一方の方式に統一するのではなく、用途や工程ごとの要求仕様に応じて両者を使い分ける、あるいは併用することが重要となる。実際には、動きの検出や高速応答が求められる工程にイベントベースカメラを用い、外観評価や記録用途にはフレーム型カメラを用いるといったハイブリッド構成が、性能と実用性を両立する現実的な解となる場合が多い。このような構成は、今後さらに高度化・高速化が進む産業用途において、有効な選択肢として位置付けられると考えられる。
第5図 特長と用途
おわりに
イベントベースカメラは、従来のフレーム型ビジョンを置き換える万能な技術ではないが、高速性・低遅延・省電力が価値となる領域において、これまでにない情報取得手法を提供する。
IDS社が提供するイベントベースカメラと解析環境は、産業用途で求められる信頼性と実装性を備え、従来ビジョンを補完する有力な選択肢として今後さらに重要性を増していくことが期待される。
著者紹介
高橋 智俊
株式会社ティー・イー・エム 画像技術顧問
e-mail:ids@tem-inc.co.jp
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